【回想】美保神社での怪~出雲への旅①~

【回想】美保神社での怪~出雲への旅①~

先日、あるお客様とのセッションの中で出会った“白い石像”(多分女神として鎮座)のビジョンについて追っていた。
私はセッションの中で気になったことがあれば、日常の合間で調べてみたりする。
それが特にお客様の望むことではなくても。
聞きたいことばかりに応えることがスピリチュアルではなく、異世界の住人たちにとっては諸々が同時進行で起きており、これに応えることも私の役割だと思っている。
正直、この仕事に手間賃を払ってくれる人はいないが、そこはやはり天下の周り物で必ず助けてくれる何かがあったりする。
ということで、久々に「オカルト徒然」を復活したいと思う。

石に呼ばれた出雲への旅、始まる

もう25年ほど前だろうか。
オーラリーディングを始めたばかりの私は、当時はまだ目新しいブログサービスを開始した。
色んなサービスを使ってみたくて、楽天やそれこそ今はサービスを終了したブログを使い倒した。

そんな中、鳥取でタロット占いをしている先生とご縁をいただいた。
実は彼女、随分と前から私のブログ読者でコメントでのやりとりも多少あった。
やり取りの中で、彼女もブログを書いていることを知り、そのブログで制作を手掛けているパワーストーンブレスに心を奪われた。

大山(だいせん)※イメージです

デザインやパワーストーンがどうということではなく、石の浄化力が画像を通して震えるほど伝わった。

ー久遠
 石は何か特別な浄化や祈祷などされているのですか?

ーマム先生
 特に・・。あ。近くの霊山のご神水(湧き水)で清めています。

随分と前のことなので、詳細を忘れたが、このやり取りだけで顔も声も知らないメールだけのやりとりで、出雲への弾丸旅行を決めた。

当時はLCCなどもない時代。
当時の私にはバカ高い航空券を買う経済力がなかった。
何か月も前から計画して唯一利用できた格安プランは、今はないがバースデープランというものだった。
ということで、この有難いプランを利用していざ、出雲へ。

当時は神社とお寺の違いも危うい(関心がない)ような私にとって、出雲へ行けることがどれほどラッキーな事か、歴史的価値やそうしたことも知らずにのこのこと。今思えばなんと罰当たりな人間か、反省しかない。死ぬまでにはもう一度必ず行こうと決めている。

マム先生、曰くパワーストーンは大山(だいせん)という霊山の麓にある湧き水で清めているということだった。
私たちはまず、その山を目指した。この山の名が私が当時引っ越したばかりの街と同じ名前で縁を感じた。
その山には由緒正しい神社とお寺があり、この二つについてはいずれ取り上げるとして、参拝を済ませご神水と対面しその水に触れることができた。

全拒否されているとしか思えないよ、美保さん(美保神社)

これであっさり私の目的は叶えられたのだが、せっかくはるばる来たのだからと妖怪好き(当時書いていたブログに妖怪の話を書いていた)の私に案内したい場所があると「境港」へ。

ゲゲゲの町・記念館

罰当たりな私は、この記念館についてあまり記憶がございません。
マム先生、本当にありがとうございます。
感謝も伝えられず音信不通になってしまいましたが、いつか必ず訪ねます。

そして、これまた「せっかくなので」ということで、美保神社に向かうことになった。
向かう道中、運転しながらマム先生が神社にまつわるお話や関連史跡について説明して下さったのだが、とんでもない歓迎を受けてお話を聞いているどころではなかった。

というのも通称ベタ踏み坂で有名な江島大橋で、いきなりとんでもない雷雨に見舞われた。
この時の雷雨、高い空で雷がバリバリ鳴っているというようなレベルではない。
晴天からいきなりもくもくと目の前が曇りだし、目の前でバリバリ雷が轟音と共に鳴り始めた。
これが出雲か!出雲なのか!!( ゚Д゚)
髪や手先がびりびり。
エアコンの調子がおかしい。
ちょっと待って。これって落ちてるよね?

境港と島根松江の中海にかかる江島大橋

「ひゃー」と言いながらマム先生は大はしゃぎ。
いや。それどころじゃないです、先生。

そんなやりとりをしながら、今日が初対面とは思えない我々はおかしなテンションで固い絆を結んだ。
しかし、私の心は既に折れかけていた。
いやもう、これって実は来るんじゃない!て神々が阻止してるようにしか思えない。

マム先生
ーでも行きますけどね。

続く。

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久遠迪知

久遠迪知

スピリチュアルアウェイクナー/WEBライター/ココナラチャット占い「プラチナランク」(2024年7月1日現在)。水面下で沖縄のスピリチュアル界をけん引してきた人物。全国で出張セッションを展開しながら、27年のリーディング実績を持つ。2015年より惜しまれながら段階的に休業に入る。ステージⅣのがん治療を乗り越え、2021年12月ココナラチャット占いで復活を果たした。私生活は気ままなノマドライフ/マルチハビテーション(3拠点生活)。まさに“閑雲野鶴”の通り沖縄ライフを楽しんでいる。(文・よのしなが@)