オカルトライター百物語Vol.4|宮古島アツママ御嶽の“友人

お供え物のありかを教える

家に帰るとおやつが待っているような家庭ではなかった久遠の食事のタイミングは、大人たちの都合だった。
そのために、いつも腹を空かせていた。

そんな時、この神社を訪れると、供えられたばかりのホカホカのお供え物のありかを教えてくれた。
時には無造作に置かれた賽銭などのありかなども。
これをジェスチャーで食べていいよ、という仕草をしていた。
果物は鳥獣たちが、包みに入った菓子類は久遠が、という風に食べて空腹を紛らわせていた。
賽銭はアイスキャンディーを買うための30円だけを拝借し、残りは賽銭箱へ入れた。
そんな風にして境内で過ごしていると、その小さな友人は安堵したかのように、にっこり笑いながらいつしか姿を消していた。

子供ながらに、なんとなくお供え物を勝手に食べていることがいけない事のように思い、ある日祖母に打ち明けた。
帰ってきた返事は

「御嶽に住んでいる”ヤグイガン”だよ。
遊んだらダメ!」

というものだった。
「ヤグイガン」という神は”恐れ多い”とか”厄介な”或いは”ガヤガヤうるさい”みたいなイメージのある方言だ。
実際に遊んでいる久遠にとってはそんなことはなく、いつもニコニコ静かに見ているような存在だった。
そのことを祖母に訴えるも、強制的に曾祖母のお祓いを受けることに。

受けたお祓いは「マブイグミ」というもので、微かに憶えているのは曾祖母のカミジャ(祈祷する部屋)で軽く火であぶった島草履(私のもの)で、バシバシ背中を叩く儀式だった。
正確には押し当てたり、こすったりとそんな感じで痛くはなかった。

それでも久遠は、その小さな友人会いたさにアツママ御嶽に通った。
お祓いのせいだろうか、その小さな友人は段々と背が小さくなって行き、そのうち岩陰に姿を隠し見えなくなってしまった。

アツママ御嶽の他の神々

アツママ御嶽の祭神は、冒頭で述べたニィーラウプティダという宮古島の創造神。
脇神として、張ヌ主(チョウヌス)と御栄加主(うえかす)が祀られている。

結局のところ曾祖母(神んちゅ)曰く、この御嶽に供えられた食べ物を口にした久遠は、冥界に片足を突っ込む形になり、この先とんでもない苦難と共に霊力(沖縄ではセジ)を切り拓いていく、という神託を下した。
特に「チョウヌス」のセジが強いという結論に。

この神は、この世の様々なことをあの世の帳簿に記録して、閻魔に報告をするような働きをすることもあると聞いている。
一方では、風水や占いなどで人を導く役割もあるとか。
というところでは、確かに現在の久遠の在り方と類似しているところある。

あの小さな友人が言わんとしていたことはわからない。
たくさんの子供たちが遊びにやってきていたはずのその御嶽で、たまたま久遠を見つけて近寄ったのか、厄でも与えて楽しもうとしていたのか、それはわからない。

今更その意味を知ろうとは思わないが、その神が「ヤグイガン」(ざわざわとうるさく恐れ多い)として、どうかそっと静かな暮らしを送らせてくれと願うばかりだ。

合掌

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久遠迪知

久遠迪知

スピリチュアルアウェイクナー/WEBライター/ココナラチャット占い「プラチナランク」(2023年11月1日現在)。水面下で沖縄のスピリチュアル界をけん引してきた人物。全国で出張セッションを展開しながら、27年のリーディング実績を持つ。2015年より惜しまれながら段階的に休業に入る。ステージⅣのがん治療を乗り越え、2021年12月ココナラチャット占いで復活を果たした。私生活は気ままなノマドライフ/マルチハビテーション(3拠点生活)。まさに“閑雲野鶴”の通り沖縄ライフを楽しんでいる。(文・よのしなが@)